歯肉の再付着

歯周疾患の治療と予防にブラッシングが重要なことはいうまでもない。しかし、度が過ぎると著しい歯肉の退縮をきたすことがある。
ひとたび退縮が起こると、その回復は容易ではない。今回、非外科的処置により劇的な歯肉の再付着をみた症例について述べたい。

 

最初の約9年間は年に1回位の歯石の除去を行っていた。
その後、或る日口腔清掃の重要性を説明した。
ペリオM(サンスター)を使用してローリング法による簡単な指導を行った。
口腔清掃状態は概ね良好で、左上3番に歯肉の退縮がみられた。
 翌年、検査の時に本格的なブラッシング指導を受けるように勧めた。
しかし、自分の方法でやりたいとの事で、そのまま続けていただいた。



歯肉の退縮

 それから3年後の来院時には歯肉の退縮が進み、特に左上3番の歯根が露出してきた。上図右端の写真。
また、右下3番に歯肉のクレフトがみられた。上図左端の写真。


歯肉の著しい退縮

更に、それから3年後、歯肉の退縮は顕著になってきた。
前歯から臼歯にわたり歯根が露出してきた。左図参照。

 全体的に歯頚部に古い歯垢がみられた。
特に歯肉のクレフトの所に多量の沈着物があった。
 ポケットは1〜2mmであった。

 歯根が露出した左の写真をみせたところ、はじめてブ
ラッシングの難しさに気が付き、本格的な指導を受ける
こととなった。


 当時、PHB(PERIODONTAL HEALTH BRUSH)を使用していた。
磨き方を調べてみると、大きなストロークで歯ブラシの長軸を45゜位下方に動かし、かなり歯肉の方まで動かしていた。
また、力を入れ過ぎて、座っているチェアがガタガタ揺れるほどであった。
 そこで、最初は、Butler #311(Butler) を使用して、歯ブラシの柄を歯列に沿って平行にして毛先を歯肉に向けないように、肩の力を抜いて小刻みに注意深く動かすよ
うに指導した。
 唇側と頬側はペングリップで毛先磨き法によった。
 歯肉のクレフトの部分は Butler #307(Butler) を用いて、慎重に5mm位の小さな円を描くように磨いてもらった。同時に歯石除去とセメント質を傷つけないよう注意
深くルート・プレーニングを行った。

 しかし、まだ力が入り過ぎるので、電動歯ブラシ Fukuba NICE(フクバデンタル)を使用してもらった。
これは歯面にあたる歯ブラシの圧力を自動調節するようになっており、またどんな歯ブラシでも取り付けることができる。

歯肉の再付着
 更に3年後、右下3番の歯肉のクレフトは消失した。上図左端。
 全体的に退縮した歯肉の辺縁に再付着が起こり、歯冠側に移動し、いわゆるクリーピングがみられた。
発赤もなく歯垢もほとんど付着していない。ポケットは1〜2mmである。
 左上3番の歯頚部はまだブラッシングが強すぎるようである。上図右端。
 歯磨剤(練り歯磨き、歯磨粉など)は使わないように指示した。
 電動歯ブラシは、最初、歯ブラシの柄がガチガチと歯にあたって、使い方が難しいようであった。馴れると毛先が歯間部に入るうになり、柄も歯にあたらなくなった。
 歯ブラシは、ホームケア #55(永山)を使用した。

クリーピングによる付着歯肉の増加

 更に3年後、クリーピングがすすみ付着歯肉の幅が増加した。上図参照。
 左上3番の歯頚部に充填があるため、歯肉の再付着が阻害されている。
 全体が少し黒ずんで見えるが、これは歯磨剤(練り歯磨き、歯磨粉など)を使わないためにお茶の渋などの食物の色素がついたもので心配ない。
歯科で研磨してもらえばすぐに白くなる。
 毎食後、必ず磨いてもらっているので、歯磨剤を毎回使用すると歯の摩耗が起る。歯が削られると、決して元へは戻らない。
歯磨剤を使っていると白くなって、いいようだが実は歯を削って下の新しい歯質を出しているのである。歯の表面のエナメル質は薄いからすぐに削りとられる。
エナメル質の下は、象牙質だが、これは削られやすい。ひどい時は、本人の知らない間に自分で削って歯髄まで達することがある。



まとめ

 以前は、硬い歯ブラシでローリングがよいという風潮があった。
しかし、力を入れ過ぎると、歯肉の退縮や付着歯肉の幅の減少をきたすことがある。
本例でも歯肉が著しく退縮し、歯根の露出を招いた。ひとたび根の露出が起こると、その回復は容易ではない。
 長期にわたる注意深いブラッシングと歯石除去、ルートプレーニングにより歯肉の再付着、いわゆるクリーピングにより奇跡的な回復をみることができた。
 クリーピングとは這い上がるという意味で、歯肉が這い上がってくるさまを表している。

 クリーピング・アタッチメントについてはじめて記述したのはGoldman(1964)であり、下顎前歯の遊離歯肉移植後に認めた。歯肉はしっかりと歯根に付着
し、ポケットは深くなかった。
 Goldman(1973)は非外科的にルート・スケーリング、ルート・プレーニングで局所の病因が除かれた結果、10年後にクリーピング・アタッチメントを認め
た例をあげている。

 クリーピングが常に起こるとは限らないが、条件が整えば歯肉の再付着もありうる。本例ではセメント質が健全であり、非常に協力的であったことと、電動
ブラシの使用によってクリーピングが認められた。
 しかし、何故このような劇的な歯肉の再付着が起こったのか、真の理由は明らかでない。従って、毎回、患者に期待するのは無理であろう。
いずれにしても短期間で起こるものでなく、長期的な努力がものをいってくる。

左下犬歯部の歯肉の経過


 再度、歯肉の状態を下顎左側犬歯部の写真で追ってみると、左上は最初の口腔写真より5年後、右上は8年後、左下は11年後、右下は14年後の写真。
犬歯の辺縁歯肉の形態に注意してほしい。左上はV字型、右上はU字型、左下は逆抛物線型、右下は半円形と、その時期の歯肉の状態に応じて変化してきている。
 左上の写真では磨くという意識が強まったために犬歯部の歯肉の退縮がはじまっている。
 右上の写真はもっとも退縮が進んでいる。歯肉そのものからみれば、角化が発達して肥厚し、いかにも硬くて丈夫そうである。確かにこのような状態であれば、
足の裏のように外来の刺激に十分に耐え得るであろう。人によっては、このような状態を好んで、推奨している。しかしながら、根が露出して付着歯肉の幅が狭
くなってきているので好ましくない。犬歯最下部の付着歯肉は、僅か1mm位の幅しかない。ここを突破されて、付着歯肉を失うと一気にポケットの深化が起こる
ことになりかねない。大事な最後の防衛線なのである。
 オーバー・ブラッシングを改めると左下の写真のように退縮が改善され、クリーピングが進んでくる。
 右下の写真では付着歯肉の幅の回復と適度に角化し、しっかり付着した歯肉に覆われている。全体的に分厚い堅固な付着歯肉という感じである。


おわりに

 硬い歯ブラシの使用により著しい歯肉の退縮をきたしたが、適切な初期治療の結果、クリーピング・アタッチメントにより歯肉の再付着が得られた。


参考文献

1. Goldman HM, Cohen DW : Periodontal therapy. Mosby, Saint Louis,1973.
2. Matter J. Cimasoni G Creeping attachment after free gingival grafts. J Periodontol, 47 : 574, 1976.
3. 竹腰 洋三、稲田メリイ : ブラッシングで再生した歯周組織の観察 クリーピングと歯肉の再生からみた症例.Quintesssence,17 : 47-50,1998.

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